大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和33年(あ)2284号 判決 1962年5月01日

主文

第一審判決中被告人八代好三及び同村田裕四郎に関する部分並びに原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

名古屋高等検察庁検事長市島成一の上告趣意第一点は判例違反を主張するが、引用の諸判例は、いずれも、その挙示の証拠により、犯罪事実を認定するに当り、情状の斟酌、法令の解釈その他に関する説示、判断をしたに止り、判文上期待可能性の文言を使用しても、未だ期待可能性の理論を肯定又は否定する判断を示したものとは解されないから、所論は前提を欠くものであって、採るを得ず、同第二点は単なる法令違反の主張であって刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

職権をもって調査するに、第一審判決は、本件公訴事実一の別表一(3)ないし(6)及び二ないし八記載の各支出については、判示の如き終戦後における当時の経済情勢、配炭公団の性格及び任務、配炭公団従業員組合の性格及びその経済的要求に関する労働攻勢、その他諸般の情況を綜合して考察すれば、右各所為は、真にやむを得ざるに出でたものであって、当時他の通常人をしてその衝に当らしめたとしても、右所為に出でず、他の適法行為に出ずべきことを到底期待し得なかった事情にあったものと認められる、従って、本件の各所為は、犯罪責任なきものとして、法律上罪とならないものというべきであるとの旨判示して無罪の言渡をなし、検察官の控訴趣意は、第一審が右の如く、期待可能性なきものとして犯罪の成立を否定したことは事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りであると主張したのに対し、原審は、第一審の叙上認定にはなんら事実誤認はない、公団の責任者として、原判示の如き諸種の要条件の下にスト寸前に追いこまれながら争議を回避し熱源の分断から国の基幹産業を守るため他の如何なる行動をとりえたであろうか、この期待なくしていたずらにその責任を追究するは国民に難きを求むることとなり、むしろ社会一般の道義観念に反するであろう、もっとも期待可能性の理論については大いに論議の存するところであろうが、社会一般の道義観念に照し非難すべからざる真にやむを得ざるにいでた叙上の如き行為は、法律上罪とならざるものといわねばならないとして控訴趣意を排斥したことは記録上明らかである。

案ずるに、被告人が公訴事実の一別表一(3)ないし(6)及び二ない八記載の各支出行為をなしたる事実が適法に認定されるにおいては、たとえそれが原審の支持する第一審判決認定の如き特別事情の下において行われたものであっても、これにより右支出行為が業務上横領の犯意を欠くものとし又は刑法三五条ないし三九条の規定により犯罪の不成立を来たすものとし、これを罪とならないものと解することはできない。原判決のこの点に関する法律的説示は到底不相当というほかない。原判決認定の右特別事情があっても前示本件公訴事実として記載された各支出が証拠により認定されるにおいては業務上横領罪を構成すること明らかである。

右各控訴事実は本件控訴事実中上告趣意において何ら上告理由を示していない一の別表一(1)、(2)、(7)、(8)、(9)、(10)及び九(別表三)の事実と併合罪の関係にありとして起訴されたものにかかるから、右の違法は原判決及び第一審判決中被告人八代好三及び同村田裕四郎に関する部分の全部に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、原判決はこの点において失当というべきであるから、これを破棄した上当審の右見解に立って更に右公訴事実が証拠により認定できるか否か、認定できるとすれば如何なる刑を科すべきか等の点につき審理判決をなさしめるため本件を原審に差戻すのを相当とする。

よって刑訴四一一条一号、四一三条本文に則り主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)(裁判官 高橋潔は死亡)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例